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葦辺行く鴨の羽交ひに霜降りて
寒き夕は大和し思ほゆ

歌の意味
葦の生える水辺を泳いで行く鴨の、たたんだ翼の上に霜が降りて、寒さの身にしみる夕べには、故郷の大和が思い出される。
鑑賞
巻第一 雑歌 64

詞書「慶雲三年丙午、難波の宮に幸す時、志貴皇子の作らす歌」
 難波への行幸に従った折、葦辺を行く鴨の翼に霜が降りるほど寒い夕べに、故郷の大和が恋しく思われると詠む望郷の歌である。鴨の羽交いに置く霜という繊細な景物をとらえ、旅先の寒さと寂しさを鮮やかに表しており、志貴皇子の清新な叙景歌を代表する名歌として知られる。慶雲三年(706)の文武天皇の難波行幸の折の作である。
 作者の志貴皇子は、天智天皇の皇子である。天武天皇の系統が皇位を継ぐなかで政治の表舞台には立たなかったが、清新な叙景歌にすぐれた歌人として知られる。子の白壁王が、のちに光仁天皇として即位した。

 初句「葦辺行く」は、葦の生える水辺を泳いで行くの意で、難波の入り江の景を示している。
 二句「鴨の羽交ひに」は、「羽交ひ」が鳥がたたんだ左右の翼が重なり合う所をいう。細部に目を留めた観察が、景色に繊細な味わいを与えている。
 三句「霜降りて」は、霜が降りての意で、連用形で下へ続いている。実際に鴨の背に霜が降りるさまとも、そう見えるほどの寒さを言うものとも解されている。
 四句「寒き夕は」は、寒さの身にしみる夕べはの意で、上の三句で描いた寒々とした景を受け、望郷の思いへと転じている。
 結句「大和し思ほゆ」は、「し」が強意の副助詞、「思ほゆ」が自然に思われるの意で、故郷の大和がしみじみと思い出されるの意である。本巻の第七首の結句「仮廬し思ほゆ」と同じ「〜し思ほゆ」の形で結んでいる。結句は字余りとなっている。

あしべ:葦の生えている水辺
はがひ:鳥がたたんだ左右の翼が重なり合う所
作者
志貴皇子
出典
万葉集
前の歌
いざ子ども早く日本へ大伴の 御津の浜松待ち恋ひぬらむ
次の歌
霰打つ安良礼松原住吉の 弟日娘女と見れど飽かぬかも