霰打つ安良礼松原住吉の
弟日娘女と見れど飽かぬかも
- 歌の意味
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霰が打つという名の安良礼の松原は、住吉の弟日娘女とともに見ると、いくら見ても見飽きないことだ。
- 鑑賞
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巻第一 雑歌 65
詞書は前の歌に続き「慶雲三年丙午、難波の宮に幸す時、長皇子の御歌」
住吉の安良礼の松原の美しさを、土地の女性である弟日娘女とともに眺めて、いくら見ても見飽きないとたたえる歌である。「霰」と「安良礼」の音を重ねる軽快な調べで、松原の景と、ともに見る女性の魅力とを一体としてたたえている。弟日娘女は住吉の遊行女婦とみられ、行幸の宴の席で詠まれた歌と考えられている。
作者の長皇子は、天武天皇の皇子で、母は天智天皇の皇女の大江皇女である。同母弟に弓削皇子がいる。機知と風格を備えた歌を残している。
初句「霰打つ」は、霰が打ちつけるの意で、同音の「安良礼」にかかる枕詞である。
二句「安良礼松原」は、住吉の地にあった松原の名で、現在の大阪市住吉区のあたりとされる。初句の「霰」と音を重ね、調子のよい響きを生んでいる。
三句「住吉の」は、摂津国の住吉の地で、四句の「弟日娘女」を修飾している。
四句「弟日娘女と」は、住吉の女性の名で、「と」はともにの意である。遊行女婦であったとみられ、行幸の一行をもてなした女性と考えられている。
結句「見れど飽かぬかも」は、いくら見ても見飽きないことだの意で、「かも」は詠嘆の終助詞である。本巻の第三十六首の長歌の結句と同じ句で、土地をたたえる典型的な表現となっている。
まつばら:松の木が多く生えている所
- 作者
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長皇子
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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葦辺行く鴨の羽交ひに霜降りて 寒き夕は大和し思ほゆ
- 次の歌
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大伴の高師の浜の松が根を 枕き寝れど家し偲はゆ