- 歌の意味
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大伴の御津の浜にある忘れ貝の名のように、家にいる妻のことを忘れたりするだろうか、いや決して忘れはしない。
- 鑑賞
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巻第一 雑歌 68
詞書は前の歌に続き「太上天皇の難波の宮に幸す時の歌」
御津の浜で目にした忘れ貝の名にちなんで、その名のように家の妻を忘れることなどあろうか、決して忘れはしないと詠む歌である。上の三句が「忘れ」を導く序詞となっており、浜辺の景物に寄せて妻への変わらぬ思いを表している。左注は作者を身人部王と記している。
作者の身人部王は、六人部王とも記される皇族である。続日本紀によれば、天平元年(729)に正四位上で没している。
初句「大伴の」は、難波の一帯を指す古い地名で、「御津」にかかる。本巻の第六十三首の三句と同じ語である。
二句「御津の浜なる」は、難波の御津の浜にあるの意で、「なる」は存在を表す助動詞「なり」の連体形である。本巻の第六十三首の「御津の浜松」と同じ地を詠んでいる。
三句「忘れ貝」は、二枚貝の離れた片方の殻をいい、これを拾うと恋の苦しさを忘れられるとされた。初句から三句までが「忘れ」を導く序詞となっている。
四句「家なる妹を」は、家にいる妻をの意で、二句の「浜なる」と同じ「なる」を重ねて対応させている。本巻の第六首にも「家なる妹を」の句があり、旅先で家の妻を思う歌として響き合っている。
結句「忘れて思へや」は、「や」が反語で、忘れたりするだろうか、いや忘れはしないの意である。三句の「忘れ貝」の名を受けながら、それとは逆に決して忘れないと言い切っている。
わすれがひ:二枚貝の離れた片方の殻。拾うと恋の苦しさを忘れるとされた
- 作者
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身人部王
- 出典
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万葉集
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