大和恋ひ寐の寝らえぬに心なく
この洲崎廻に鶴鳴くべしや
- 歌の意味
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大和が恋しくて眠ることもできないのに、思いやりもなく、この洲崎のあたりで鶴が鳴いてよいものだろうか。
- 鑑賞
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巻第一 雑歌 71
詞書「大行天皇の難波の宮に幸す時の歌」
難波への行幸に従った旅先で、大和が恋しくて眠れずにいるのに、洲崎のあたりで鶴が鳴いて一層望郷の思いをかき立てるのを、思いやりのないことだと嘆く歌である。左注は作者を忍坂部乙麻呂と記している。題詞の「大行天皇」は、崩御して諡号がまだ定まらない天皇を指す語で、ここでは文武天皇のことである。
作者の忍坂部乙麻呂は、伝未詳の人物である。文武天皇の難波行幸に従ったことが、この歌の左注からわかる。
初句「大和恋ひ」は、大和を恋しく思っての意で、望郷の思いを冒頭から示している。
二句「寐の寝らえぬに」は、「寐」が眠り、「らえ」が可能の助動詞「らゆ」の未然形、「ぬ」が打消の「ず」の連体形で、眠ることもできないのにの意である。
三句「心なく」は、思いやりもなくの意で、鶴を人のように見なしてとがめている。本巻の第十八首の「心あらなも」と同じく、自然に心を求める表現である。
四句「この洲崎廻に」は、「洲崎」が州が突き出た所、「廻」がそのあたりの意で、難波の海辺の州崎のあたりを指している。
結句「鶴鳴くべしや」は、「べし」が当然、「や」が反語で、鳴いてよいものか、いやよくないの意である。本巻の第十八首の結句「隠さふべしや」と同じく、「べしや」の反語で自然の心なさをとがめている。また本巻の第六十七首では鶴の声が慰めとされたのに対し、ここでは眠りを妨げるものとして詠まれ、対照的である。
い:眠り
すさき:水中に突き出た州の先端
たづ:鶴
- 作者
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忍坂部乙麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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大和には鳴きてか来らむ呼子鳥 象の中山呼びぞ越ゆなる
- 次の歌
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玉藻刈る沖へは漕がじ敷栲の 枕のあたり忘れかねつも