玉藻刈る沖へは漕がじ敷栲の
枕のあたり忘れかねつも
- 歌の意味
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美しい藻を刈る沖の方へは漕ぎ出すまい。共寝した枕のあたりが忘れられないのだから。
- 鑑賞
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巻第一 雑歌 72
詞書は前の歌に続き「大行天皇の難波の宮に幸す時の歌」
難波の海で、藻を刈る沖の方へ舟を漕ぎ出すことはするまい、共寝した枕のあたりのことが忘れられないのだからと詠む歌である。沖へ漕ぎ出せばさらに遠ざかることを思い、共寝の記憶への未練を率直に表している。「枕のあたり」は、家に残した妻との共寝とも、旅先で親しんだ女性との共寝とも解されている。左注は作者を式部卿藤原宇合と記しているが、宇合はこの頃まだ若年であり、後の官職によって記されたものと考えられている。
作者の藤原宇合は、藤原不比等の三男で、藤原四家のうち式家の祖である。遣唐副使として唐に渡り、のちに式部卿や参議を務めた。懐風藻にも漢詩を残している。
初句「玉藻刈る」は、美しい藻を刈るの意で、「沖」にかかる枕詞ともされる。海人が藻を刈る沖の景を示している。本巻の第二十三首の「玉藻刈ります」、第四十一首の「玉藻刈るらむ」と同じ「玉藻刈る」の語句を共有している。
二句「沖へは漕がじ」は、「じ」が打消の意志の助動詞で、沖の方へは漕ぐまいの意である。ここで切れる二句切れとなっている。
三句「敷栲の」は、寝床に敷く布の意で、「枕」「衣」「袖」などにかかる枕詞である。
四句「枕のあたり」は、共寝した枕のあたりの意で、夜をともにした人との思い出を示している。
結句「忘れかねつも」は、「かぬ」が〜できないの意、「つ」が完了、「も」が詠嘆で、忘れることができないことだの意である。二句で沖へ漕ぐまいと言った理由を、後から示す構成となっている。
しきたへ:寝床に敷く布
わすれかぬ:忘れることができない
- 作者
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藤原宇合
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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大和恋ひ寐の寝らえぬに心なく この洲崎廻に鶴鳴くべしや
- 次の歌
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我妹子を早見浜風大和なる 我を松椿吹かざるなゆめ