山辺の御井を見がてり神風の
伊勢娘子どもあひ見つるかも
- 歌の意味
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山辺の御井を見に来たついでに、伊勢の乙女たちにも出会えたことだ。
- 鑑賞
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巻第一 雑歌 81
詞書「和銅五年壬子の夏四月、長田王を伊勢の斎宮に遣はす時に、山辺の御井にして作る歌」
伊勢の斎宮へ遣わされた旅の途中、名高い山辺の御井を見に立ち寄ったついでに、美しい伊勢の乙女たちにも出会うことができたと喜ぶ歌である。旅先での思いがけない出会いの喜びを、明るく素直に表している。和銅五年(712)四月の作で、次の二首とあわせて三首が同じ題詞のもとに収められている。
作者の長田王は、奈良時代初めの皇族で、系譜は明らかでない。近江守や衛門督などを歴任し、天平九年(737)に没した。
初句「山辺の」は、伊勢国の地名とされる。所在には諸説があり、現在の三重県鈴鹿市山辺町のあたりとする説がある。
二句「御井を見がてり」は、「御井」が神聖な泉、「がてり」が〜のついでにの意で、御井を見るついでにの意である。本巻の第五十二首の長歌にも藤原宮の「御井」が詠まれている。
三句「神風の」は、神の風が吹くの意で、「伊勢」にかかる枕詞である。
四句「伊勢娘子ども」は、伊勢の乙女たちの意で、「ども」は複数を表す接尾語である。斎宮に仕える女性や土地の女性を指すとみられる。
結句「あひ見つるかも」は、「あひ見る」が出会うの意、「つる」が完了の助動詞「つ」の連体形、「かも」が詠嘆で、出会えたことだの意である。本巻の第五十三首の「娘子がとも」と同じく、乙女たちに寄せて土地をたたえる歌となっている。
みゐ:神聖な泉や井戸
あひみる:出会う、互いに顔を合わせる
- 作者
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長田王
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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あをによし奈良の家には万代に 我れも通はむ忘ると思ふな
- 次の歌
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うらさぶる心さまねしひさかたの 天のしぐれの流らふ見れば