秋さらば今も見るごと妻恋ひに
鹿鳴かむ山ぞ高野原の上
- 歌の意味
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秋になったら、今見ているとおりに、妻を恋うて鹿が鳴くであろう山なのだ、この高野原の上は。
- 鑑賞
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巻第一 雑歌 84
詞書「寧楽宮 長皇子の志貴皇子と佐紀宮にして倶に宴する歌」
長皇子と志貴皇子が佐紀の宮でともに宴をした折に、秋になれば今見ているとおりに、妻を恋い慕って鹿が鳴く山であるぞ、この高野原のあたりはと詠む歌である。「今も見るごと」は宴の席の屏風絵などを見ながら詠んだものとする説があり、目の前の景と来るべき秋の情景とを重ねている。天武天皇の皇子と天智天皇の皇子という、異なる系統の二人の皇子が親しく宴をともにしたことを伝える歌でもあり、巻第一の巻末を飾っている。左注は作者を長皇子と記している。
作者の長皇子は、天武天皇の皇子で、母は天智天皇の皇女の大江皇女である。同母弟に弓削皇子がいる。機知と風格を備えた歌を残している。
初句「秋さらば」は、「さる」が季節がやって来るの意で、「ば」によって、秋になったならばの意となる。まだ秋ではない時点から、来るべき季節を思い描いている。
二句「今も見るごと」は、今見ているとおりにの意で、宴の席の絵や目の前の景を指すとされる。
三句「妻恋ひに」は、妻を恋い慕っての意で、秋に雄鹿が雌鹿を求めて鳴くことを示している。
四句「鹿鳴かむ山ぞ」は、「む」が推量の助動詞、「ぞ」が強調の係助詞で、鹿が鳴くであろう山であるぞの意である。ここで切れて、結句と倒置の関係になっている。
結句「高野原の上」は、平城京の北、佐紀のあたりの丘陵地の上を指す。結句は字余りで、体言止めによって土地の名を示して結んでいる。巻頭の第一首の雄略天皇の歌が、菜を摘む娘に名を問う妻問いの歌であったのに対し、巻末のこの歌は妻を恋うて鳴く鹿を詠んでおり、妻を求める心において巻の初めと終わりが呼応している。
さる:季節や時がやって来る
つまごひ:配偶者を恋い慕うこと
か:鹿
- 作者
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長皇子
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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海の底沖つ白波竜田山 いつか越えなむ妹があたり見む
- 次の歌
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君が行き日長くなりぬ山尋ね 迎へか行かむ待ちにか待たむ