秋山の木の下隠り行く水の
我れこそ益さめ御思ひよりは
- 歌の意味
-
秋山の木の下に隠れて流れる水がしだいに増していくように、私の思いの方がまさっていよう。あなたの御思いよりは。
- 鑑賞
-
巻第二 相聞 92
詞書「鏡王女、和へ奉る御歌一首」
天智天皇の歌に答えて、木の下を隠れて流れる水のように、表には見えなくても私の思いの方が深いと返した一首である。
天皇の前歌が「見ましを」と見ることを願ったのに対し、目に見えない水の流れで応えており、見る側と見えないところで思う側という反転した構図になっている。
作者の鏡王女は、出自に諸説があり、額田王の姉とする説もある。のちに藤原鎌足の妻となったと伝えられる。
初句「秋山の」は紅葉した秋の山で、その木の下の水の景を導く。本巻では第百六首の大伯皇女の歌、第百三十七首や第二百八首の柿本人麻呂の歌などにも秋山が詠まれている。
二句「木の下隠り」は、木の下に隠れての意である。表からは見えない流れを表し、人目に立たない思いを重ねる。
三句「行く水の」までが序詞で、水かさが増す意から「益さめ」を導く。
四句「我れこそ益さめ」の「こそ」は係助詞で、推量の助動詞「む」の已然形「め」で結ぶ係り結びである。私の方がまさっているだろうの意。
結句「御思ひよりは」は、天皇の思いに敬語を添えた表現で、倒置によって比べる相手を最後に示している。
まさる:数量や程度が他より上回る、増す
- 作者
-
鏡王女
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
妹が家も継ぎて見ましを大和なる 大島の嶺に家もあらましを
- 次の歌
-
玉櫛笥覆ふを安み明けていなば 君が名はあれど吾が名し惜しも