大船の津守が占に告らむとは
まさしに知りて我がふたり寝し
- 歌の意味
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津守の占いに現れて明かされるだろうとは、はっきりと知ったうえで、私たち二人は寝たのだ。
- 鑑賞
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巻第二 相聞 109
詞書「大津皇子、竊かに石川女郎に婚ふ時に、津守連通その事を占へ露はすに、皇子の作らす御歌一首」
ひそかな関係が津守通の占いによって明らかにされたとき、そうなることは承知のうえで共寝したのだと、堂々と言い放った一首である。
詞書によれば、大津皇子がひそかに石川女郎と結ばれたとき、津守連通がそのことを占いによってあばいたので、皇子が作った歌である。詞書の末尾には「未詳」の注記がある。
作者の大津皇子は、天武天皇の皇子で、母は天智天皇の皇女の大田皇女である。文武にすぐれた人物として知られたが、天武天皇の崩御ののち、謀反の罪で死を賜った。
初句「大船の」は、大船が泊まる「津」にかかる枕詞である。本巻の第百二十二首の弓削皇子の歌も同じ初句で始まる。
二句「津守が占に」の津守は、陰陽の術にすぐれていた津守連通を指す。
三句「告らむとは」の「告る」は占いに現れて告げ知らせる意で、「む」は推量である。
四句「まさしに知りて」は、確かに知っての意で、露見を覚悟していたことを示す。
結句「我がふたり寝し」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、余情を残して結ぶ。
うら:占い
のる:告げ知らせる、占いに現れる
- 作者
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大津皇子
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我を待つと君が濡れけむあしひきの 山のしづくにならましものを
- 次の歌
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大名児を彼方野辺に刈る草の 束の間も我れ忘れめや