古典和歌stream

人言を繁み言痛みおのが世に
いまだ渡らぬ朝川渡る

歌の意味
人の噂がうるさく煩わしいので、生まれてこのかた渡ったことのない朝の川を渡るのだ。
鑑賞
巻第二 相聞 116

詞書「但馬皇女、高市皇子の宮に在す時に、竊かに穂積皇子に接ひ、事すでに形はれて作らす御歌一首」
 ひそかな恋が人に知られ、噂の立つなかで、これまで一度も渡ったことのない朝の川を渡ると、決然とした行動を詠んだ一首である。
 詞書によれば、高市皇子の宮にいた但馬皇女が、ひそかに穂積皇子と結ばれ、そのことが明らかになってから作った歌である。皇女の身で冷たい朝の川を渡る姿に、恋に生きる覚悟が表れた歌として名高い。
 作者の但馬皇女は、天武天皇の皇女で、母は藤原鎌足の娘の氷上娘である。異母兄の高市皇子の宮にいたが、同じく異母兄の穂積皇子と恋仲になった。

 初句「人言を」は人の噂をの意である。
 二句「繁み言痛み」は「〜を〜み」の形で原因を示し、噂が多くうるさいのでの意である。
 三句「おのが世に」は、自分の生涯においての意である。
 四句「いまだ渡らぬ」は、まだ渡ったことのないの意で、皇女として初めての行いであることを示す。
 結句「朝川渡る」は、朝の冷たい川を渡る意で、人目を避けて恋人のもとへ通う、あるいは帰る姿と解される。四句と結句の「渡らぬ」「渡る」の反復が決意を強めている。本巻の第百三十首の長皇子の歌の「川瀬は渡らずて」と、川を渡る者と渡らない者という対照をなしている。

ひとごと:世間の人のうわさ
あさかは:朝の川
作者
但馬皇女
出典
万葉集
前の歌
後れ居て恋ひつつあらずは追ひ及かむ 道の隈廻に標結へ我が背
次の歌
ますらをや片恋せむと嘆けども 醜のますらをなほ恋ひにけり