風流士に我れはありけりやど貸さず
帰しし我れぞ風流士にはある
- 歌の意味
-
私こそ風流な男であったのだ。宿を貸さずに帰した私こそが、本当の風流人なのだ。
- 鑑賞
-
巻第二 相聞 127
詞書「大伴宿禰田主、報へ贈る歌一首」
間抜けな風流人とからかわれたのに対し、誘いに乗らずに宿を貸さず帰した自分こそが本当の風流人なのだと切り返した一首である。
前歌の言葉をそのまま用いて論理を逆転させており、戯れの贈答として機知が際立っている。
作者の大伴田主は、大伴安麻呂と巨勢郎女の子で、大伴旅人の弟にあたる。詞書の注には佐保大納言大伴卿の第二子とあり、左注によれば字を仲郎といい、容姿の美しい風流人として知られた。
初句「風流士に」は、前歌の初句の「風流士」を受けている。
二句「我れはありけり」の「けり」は気づきを表し、私こそ風流人であったのだの意。二句切れである。
三句「やど貸さず」は、前歌の三句をそのまま用いている。
四句「帰しし我れぞ」の「ぞ」は係助詞で、結句の連体形「ある」で結ぶ係り結びである。
結句「風流士にはある」は、本当の風流人であるの意で、「ぞ」の結びとして言い切る。初句と結句に「風流士」を置いて、前歌の皮肉を逆手に取っている。
みやびを:風流を解する洗練された男
かへす:帰らせる、帰す
- 作者
-
大伴田主
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
風流士と我れは聞けるをやど貸さず 我れを帰せりおその風流士
- 次の歌
-
我が聞きし耳によく似る葦の末の 足ひく我が背つとめ給ぶべし