丹生の川瀬は渡らずてゆくゆくと
恋痛し我が背いで通ひ来ね
- 歌の意味
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丹生の川の瀬は渡らないまま、ためらうばかりで恋しくて苦しい、わが弟よ。さあ、通ってきておくれ。
- 鑑賞
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巻第二 相聞 130
詞書「長皇子、皇弟に与ふる御歌一首」
弟の弓削皇子に、会えずにためらってばかりで恋しくてたまらない、さあ通ってきてほしいと呼びかけた一首である。兄弟の親しみを、恋の歌の形で表している。
詞書によれば、長皇子が皇弟に与えた歌で、皇弟は同母弟の弓削皇子とされる。男性どうしの親愛を恋の形で詠んだ相聞歌として注目される。
作者の長皇子は、天武天皇の皇子で、母は天智天皇の皇女の大江皇女である。弓削皇子の同母兄にあたる。
初句「丹生の川」は大和の丹生川とされるが、所在には諸説がある。
二句「瀬は渡らずて」は、瀬を渡らないままでの意で、会いに行けないでいることを表す。本巻の第百十六首の但馬皇女の歌の「朝川渡る」と、川を渡る者と渡らない者という対照をなしている。
三句「ゆくゆくと」は、心がためらい、はかどらないさまを表すと解される。
四句「恋痛し我が背」は、恋しくて苦しい、わが弟よの意で、「背」は親しい男性を呼ぶ語である。
結句「いで通ひ来ね」の「いで」はさあと促す語、「ね」は願望で、さあ通ってきておくれと呼びかける。
せ:夫や恋人など親しい男性を呼ぶ語。ここでは弟を指す
かよふ:行き来する、通って来る
- 作者
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長皇子
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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古りにし嫗にしてやかくばかり 恋に沈まむ手童のごと
- 次の歌
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石見のや高角山の木の間より 我が振る袖を妹見つらむか