石見のや高角山の木の間より
我が振る袖を妹見つらむか
- 歌の意味
-
石見の国の高角山の木の間から私が振る袖を、妻は見ただろうか。
- 鑑賞
-
巻第二 相聞 132
詞書は前の歌に続き「柿本朝臣人麻呂、石見国より妻に別れて上り来る時の歌、反歌二首」
石見の国から都へ上る途中、高角山の木の間から振った袖を、妻は見てくれただろうかと案じた一首である。袖を振るのは別れを惜しみ、相手の魂を招くしぐさとされた。
人麻呂が石見の国で妻と別れ、都へ上るときに詠んだ一連は、石見相聞歌と呼ばれ、人麻呂の代表作として名高い。本歌は第百三十一首の長歌に添えられた反歌二首の一首目で、長歌の結びの「靡けこの山」を受け、山越しに妻の里を振り返る思いを詠む。
作者の柿本人麻呂は、持統天皇、文武天皇の時代に活躍した宮廷歌人で、長歌や挽歌にすぐれ、万葉集を代表する歌人である。後の時代には歌聖と称えられた。
本巻の第百三十四首は本歌の或本の形、第百三十九首も或本の長歌に添えられた同じ趣の反歌で、三首が少しずつ語句を変えて並べられている。
初句「石見のや」の「や」は語調を整える間投助詞である。第百三十九首では「石見の海」となっている。
二句「高角山の」の高角山は石見の国の山で、所在には諸説がある。
三句「木の間より」は、木々の間からの意である。第百三十四首では「木の間ゆも」とある。
四句「我が振る袖を」は、私が振る袖をの意で、別れを惜しみ、妻の心を招き寄せようとするしぐさを示す。
結句「妹見つらむか」の「つ」は完了、「らむ」は現在推量、「か」は疑問で、妻は今ごろ見ただろうかと思いやる。
ふる:袖などを振る。別れを惜しみ、相手の魂を招くしぐさ
- 作者
-
柿本人麻呂
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
丹生の川瀬は渡らずてゆくゆくと 恋痛し我が背いで通ひ来ね
- 次の歌
-
笹の葉はみ山もさやにさやげども 我れは妹思ふ別れ来ぬれば