笹の葉はみ山もさやにさやげども
我れは妹思ふ別れ来ぬれば
- 歌の意味
-
笹の葉は山全体をさやさやとざわめかせているけれども、私はひたすら妻を思う。別れてきたので。
- 鑑賞
-
巻第二 相聞 133
詞書は前の歌に続き「柿本朝臣人麻呂、石見国より妻に別れて上り来る時の歌、反歌二首」
山じゅうの笹の葉が風にざわめくなかで、別れてきた妻のことだけをひたすら思うと詠んだ一首である。笹のざわめきと一途な思いの静けさが対比され、人麻呂の短歌の代表作として名高い。
人麻呂が石見の国で妻と別れ、都へ上るときに詠んだ一連は、石見相聞歌と呼ばれ、人麻呂の代表作として名高い。本歌は第百三十一首の長歌に添えられた反歌二首の二首目である。
作者の柿本人麻呂は、持統天皇、文武天皇の時代に活躍した宮廷歌人で、長歌や挽歌にすぐれ、万葉集を代表する歌人である。後の時代には歌聖と称えられた。
初句「笹の葉は」は、山道に生い茂る笹の葉をいう。
二句「み山もさやに」の「み」は美称の接頭語、「さやに」はさやさやと音を立てての意で、山全体がざわめく様子を表す。
三句「さやげども」の「さやぐ」はざわめく意、「ども」は逆接である。二句の「さや」と三句の「さやげ」がサ音を重ね、笹のざわめきを音で表している。
四句「我れは妹思ふ」は、それでも私は妻を思うの意で、八音の字余りである。四句切れとなる。
結句「別れ来ぬれば」は、別れてきたのでの意で、倒置によって思いの理由を最後に示す。
さやぐ:ざわざわと音を立てる、ざわめく
- 作者
-
柿本人麻呂
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
石見のや高角山の木の間より 我が振る袖を妹見つらむか
- 次の歌
-
石見なる高角山の木の間ゆも 我が袖振るを妹見けむかも