磐白の浜松が枝を引き結び
ま幸くあらばまた帰り見む
- 歌の意味
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磐代の浜の松の枝を引き結んで、もし無事でいられたら、また帰ってきてこれを見よう。
- 鑑賞
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巻第二 挽歌 141
詞書「有間皇子、自ら傷みて松が枝を結ぶ歌二首」
謀反の罪で捕らえられ、紀伊の牟婁の湯へ護送される途中、磐代の浜で松の枝を結び、無事に帰ってまたこれを見たいと願った一首である。松の枝を結ぶのは、旅の無事や命の長さを祈るまじないであった。
本歌から挽歌の部が始まり、標目に「後岡本宮に天の下知らしめす天皇の代」とあって斉明天皇の時代の歌とされる。皇子は中大兄皇子の尋問を受けたのち、帰途の藤白坂で処刑され、再びこの松を見ることはなかった。第百四十五首の後の左注に、これらの歌は柩を挽く時に作ったものではないが、歌の心に准じて挽歌の類に載せたとある。
作者の有間皇子は、孝徳天皇の皇子である。斉明天皇の時代、蘇我赤兄にそそのかされて謀反を企てたとされ、十九歳で処刑された。
この結び松は、本巻の第百四十三首と第百四十四首の長意吉麻呂の歌、第百四十五首の山上憶良の歌、第百四十六首の柿本人麻呂歌集の歌で次々に詠み継がれ、結び松をめぐる歌群を形づくっている。
初句「磐白の」は紀伊の国の地名で、今の和歌山県みなべ町の辺りとされる。
二句「浜松が枝を」は、浜辺に生える松の枝をの意である。
三句「引き結び」は、枝を引き寄せて結ぶの意で、無事を祈るまじないの動作である。
四句「ま幸くあらば」の「ま」は接頭語、「幸く」は無事での意、「ば」は仮定で、もし無事であったならの意である。
結句「また帰り見む」の「む」は意志で、帰ってきてまた見ようの意。この願いがかなわなかったことが、後の歌で詠み継がれていく。
むすぶ:紐や草木の枝などを結ぶ。無事を祈るまじないとして行われた
- 作者
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有間皇子
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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な思ひと君は言へども逢はむ時 いつと知りてか我が恋ひずあらむ
- 次の歌
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家にあれば笥に盛る飯を草枕 旅にしあれば椎の葉に盛る