磐代の岸の松が枝結びけむ
人は帰りてまた見けむかも
- 歌の意味
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磐代の岸の松の枝を結んだというその人は、帰ってきてまたこれを見ただろうか。
- 鑑賞
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巻第二 挽歌 143
詞書「長忌寸意吉麻呂、結び松を見て哀咽する歌二首」
有間皇子が結んだという磐代の松を見て、皇子はふたたびこれを見ることができたのだろうかと、その悲運を悼んだ一首である。
詞書によれば、長意吉麻呂が結び松を見てむせび泣いて詠んだ歌二首の一首目である。皇子の死から四十年ほどのちの紀伊行幸の折の作と考えられている。左注に、これらの歌は柩を挽く時に作ったものではないが、歌の心に准じて挽歌の類に載せたとある。
作者の長意吉麻呂は、持統天皇、文武天皇の時代の歌人で、行幸に従って歌を詠み、即興の歌を得意とした。
初句「磐代の」は、本巻の第百四十一首の有間皇子の歌と同じ地名で始まる。
二句「岸の松が枝」は、岸辺の松の枝の意で、第百四十一首の「浜松が枝」にあたる。
三句「結びけむ」の「けむ」は過去の伝聞で、結んだというの意である。
四句「人は帰りて」の「人」は有間皇子を指す。
結句「また見けむかも」は、第百四十一首の「また帰り見む」を受け、帰ることのなかった皇子を思って、また見ただろうかと問いかける。「けむかも」は過去推量と詠嘆である。
むすぶ:紐や草木の枝などを結ぶ。無事を祈るまじないとして行われた
- 作者
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長意吉麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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家にあれば笥に盛る飯を草枕 旅にしあれば椎の葉に盛る
- 次の歌
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磐代の野中に立てる結び松 心も解けずいにしへ思ほゆ