青旗の木幡の上を通ふとは
目には見れども直に逢はぬかも
- 歌の意味
-
木幡の山の上を大君の御魂が行き来しているのは、目には見えるけれども、じかにお逢いすることはできないことだ。
- 鑑賞
-
巻第二 挽歌 148
詞書「一書に曰く、近江天皇の聖体不予にして御病急かなる時に、大后の奉献る御歌一首」
木幡の山の上を天皇の魂が行き来しているのは目に見えるのに、直接逢うことはできないと嘆いた一首である。前歌の祈りから、魂が離れていく気配を感じ取る悲しみへと移っている。
詞書は一書を引き、天智天皇の病が急を告げたときに大后が奉った歌とする。内容から、崩御後の作とみる説もある。
作者の倭姫王は、天智天皇の皇后で、舒明天皇の皇子の古人大兄皇子の娘である。詞書では大后、倭大后と記される。
初句「青旗の」は「木幡」にかかる枕詞で、青々と茂る木々の様子を旗に見立てたものとされる。
二句「木幡の上を」の木幡は山城の国の地名で、天智天皇の陵がある山科に近い。
三句「通ふとは」は、天皇の魂が行き来するのはの意である。
四句「目には見れども」の「ども」は逆接で、目には見えるけれどもの意である。
結句「直に逢はぬかも」の「かも」は詠嘆で、じかには逢えないことだと嘆く。見えることと逢えないことの対比が悲しみを深める。
こはた:山城の国の地名。今の京都府宇治市の辺り
- 作者
-
倭姫王
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
天の原振り放け見れば大君の 御寿は長く天足らしたり
- 次の歌
-
人はよし思ひやむとも玉葛 影に見えつつ忘らえぬかも