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うつそみの人にある我れや明日よりは
二上山を弟背と我が見む

歌の意味
この世に生きる人である私は、明日からは二上山を弟と思って見ることにしよう。
鑑賞
巻第二 挽歌 165

詞書「大津皇子の屍を葛城の二上山に移し葬る時に、大来皇女の哀傷して作らす御歌二首」
 弟の亡骸が二上山に移し葬られるにあたり、この世に残された自分は、明日からは二上山を弟と思って見ようと詠んだ一首である。生きている者と死者との隔たりを受け入れようとする悲しい決意が込められている。
 詞書によれば、大津皇子の亡骸を葛城の二上山に移し葬ったときに、大来皇女が悲しんで作った歌二首の一首目である。
 作者の大伯皇女は、天武天皇の皇女で、大津皇子の同母の姉である。伊勢神宮に仕える斎宮を務めた。詞書では大来皇女と記される。

 初句「うつそみの」は、この世に生きている身のの意である。
 二句「人にある我れや」の「や」は係助詞で、結句の連体形「見む」で結ぶ係り結びである。この世の人である私はの意。
 三句「明日よりは」は、明日からはの意で、葬送を境に弟との関係が変わることを示す。
 四句「二上山を」の二上山は、大和と河内の境にある山で、雄岳の頂に大津皇子の墓があると伝えられる。
 結句「弟背と我が見む」の「弟背」は同じ母から生まれた兄弟の意で、「む」は意志である。山を弟として見ようと結ぶ。

うつそみ:この世に生きている身、現世
いろせ:同じ母から生まれた兄弟
作者
大伯皇女
出典
万葉集
前の歌
見まく欲り我がする君もあらなくに 何しか来けむ馬疲るるに
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磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど 見すべき君が在りと言はなくに