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み立たしの島の荒礒を今見れば
生ひざりし草生ひにけるかも

歌の意味
皇子がお立ちになった庭の島の荒磯を今見ると、以前は生えていなかった草が生えてしまったことだ。
鑑賞
巻第二 挽歌 181

詞書は前の歌に続き「皇子尊の宮の舎人ら、慟傷して作る歌二十三首」
 皇子が立って眺めた庭の岩組みに、以前は生えなかった草が生えていると、手入れの行き届いた庭が荒れ始めた姿に時の流れを見た一首である。
 詞書によれば、草壁皇子の宮に仕えた舎人たちが、皇子の死を嘆き悲しんで作った歌二十三首である。左注は日本書紀を引き、皇子が持統天皇三年(689)四月に亡くなったと記す。一連は、主を失った島の宮の庭や池、殯宮の置かれた真弓の岡や佐田の岡で宿直する舎人たちの嘆きを、さまざまな場面から詠み継いでいる。本歌は一連の十一首目である。
 作者は草壁皇子の宮に仕えた舎人たちで、一人一人の名は伝わらない。舎人は皇族や天皇の身近に仕えて警護や雑務にあたった役人である。柿本人麻呂が舎人の立場に立って作ったとする説もあるが、定まっていない。

 初句「み立たしの」は、皇子がお立ちになったの意で、一連の八首目の第百七十八首などと同じ初句である。
 二句「島の荒礒を」の「荒礒」は岩の多い海岸のことで、ここでは庭の池の岩組みを荒磯に見立てている。
 三句「今見れば」は、今見るとの意で、皇子の在りし日との対比を生む。
 四句「生ひざりし草」の「ざり」は打消、「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、以前は生えていなかった草の意である。
 結句「生ひにけるかも」は、生えてしまったことだの意で、四句と結句に「生ひ」を重ね、以前との違いを際立たせている。

ありそ:岩の多い荒々しい海岸。ここでは庭の池の岩組み
出典
万葉集
前の歌
み立たしの島をも家と棲む鳥も 荒びな行きそ年かはるまで
次の歌
鳥座立て飼ひし雁の子巣立ちなば 真弓の岡に飛び帰り来ね