つれもなき佐田の岡辺に帰り居ば
島の御階に誰れか住まはむ
- 歌の意味
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縁もゆかりもない佐田の岡辺に移り住んでしまったら、島の宮の御殿の階段には、いったい誰が住むのだろうか。
- 鑑賞
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巻第二 挽歌 187
詞書は前の歌に続き「皇子尊の宮の舎人ら、慟傷して作る歌二十三首」
舎人たちが縁もない佐田の岡辺へ移って宿直するようになれば、島の宮の御殿には誰が住むのだろうかと、見捨てられる宮を思いやった一首である。
詞書によれば、草壁皇子の宮に仕えた舎人たちが、皇子の死を嘆き悲しんで作った歌二十三首である。左注は日本書紀を引き、皇子が持統天皇三年(689)四月に亡くなったと記す。一連は、主を失った島の宮の庭や池、殯宮の置かれた真弓の岡や佐田の岡で宿直する舎人たちの嘆きを、さまざまな場面から詠み継いでいる。本歌は一連の十七首目である。
作者は草壁皇子の宮に仕えた舎人たちで、一人一人の名は伝わらない。舎人は皇族や天皇の身近に仕えて警護や雑務にあたった役人である。柿本人麻呂が舎人の立場に立って作ったとする説もあるが、定まっていない。
初句「つれもなき」は、縁もゆかりもないの意である。
二句「佐田の岡辺に」は、殯宮の置かれた佐田の岡のほとりにの意である。
三句「帰り居ば」は、移り住んだならばの意で、「ば」は仮定を表す。
四句「島の御階に」の「御階」は宮殿の階段のことで、島の宮の御殿を指す。
結句「誰れか住まはむ」の「か」は疑問の係助詞で、推量の助動詞「む」の連体形で結ぶ係り結びである。誰が住み続けるのだろうかの意。
みはし:宮殿の階段
すまふ:住み続ける
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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一日には千たび参りし東の 大き御門を入りかてぬかも
- 次の歌
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朝ぐもり日の入り行けばみ立たしの 島に下り居て嘆きつるかも