- 歌の意味
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埴安の池の堤に囲まれて流れ出る所のない沼のように、これからの行く先も分からずに、舎人たちは途方に暮れている。
- 鑑賞
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巻第二 挽歌 201
詞書は前の歌に続き「高市皇子尊の城上の殯宮の時に、柿本朝臣人麻呂の作る歌、短歌二首」
堤に囲まれて水の行き場のない沼のように、主を失った舎人たちが行く先も分からずに途方に暮れていると詠んだ一首である。
高市皇子の遺体を城上の殯宮に安置したときに、柿本人麻呂が作った挽歌で、長歌の第百九十九首は壬申の乱での皇子の活躍を描き、万葉集で最も長い歌として知られる。高市皇子は天武天皇の長男で、持統天皇のもとで太政大臣となり、持統天皇十年(696)に亡くなった。本歌はその短歌二首の二首目である。
作者の柿本人麻呂は、持統天皇、文武天皇の時代に活躍した宮廷歌人で、長歌や挽歌にすぐれ、万葉集を代表する歌人である。後の時代には歌聖と称えられた。
初句「埴安の」の埴安は、香具山のふもとの地で、高市皇子の宮があった所とされる。
二句「池の堤の」は、埴安の池の堤のの意である。
三句「隠り沼の」までが序詞で、堤に囲まれて水の流れ出ない沼から「ゆくへを知らに」を導く。
四句「ゆくへを知らに」の「に」は打消の助動詞「ず」の古い連用形で、行く先も分からずにの意である。
結句「舎人は惑ふ」は、舎人たちは途方に暮れるの意で、本巻の第百七十一首から続く草壁皇子の舎人らの歌と同じく、主を失った舎人の嘆きを示している。
こもりぬ:堤などに囲まれて水の流れ出ない沼
とねり:皇族などの身近に仕えた役人
まとふ:どうしてよいか分からなくなる
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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ひさかたの天知らしぬる君故に 日月も知らず恋ひわたるかも
- 次の歌
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哭沢の神社に三輪据ゑ祈れども 我が大君は高日知らしぬ