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楽浪の志賀さざれ波しくしくに
常にと君が思ほせりける

歌の意味
楽浪の志賀のさざ波がしきりに寄せるように、いつまでも変わらずにと、君はしきりに思っておられたことだ。
鑑賞
巻第二 挽歌 206

詞書は前の歌に続き「弓削皇子の薨ぜし時に、置始東人の作る歌、また短歌一首」
 志賀のさざ波がしきりに寄せるように、皇子はいつまでも変わらずにあることを願っておられたのにと、かなわなかった願いを思いやった一首である。
 弓削皇子が亡くなったときに置始東人が作った挽歌で、第二百四首の長歌に反歌一首と短歌一首が添えられている。弓削皇子は天武天皇の皇子で、文武天皇三年(699)に亡くなった。本歌は反歌の後にさらに添えられた短歌である。
 作者の置始東人は、伝未詳の人物で、弓削皇子に仕えた人とみられる。

 初句「楽浪の」は、琵琶湖の西南岸一帯の地名である。本巻の第百五十四首の石川夫人の歌も同じ初句で始まる。
 二句「志賀さざれ波」までが序詞で、さざ波がしきりに寄せることから「しくしくに」を導く。本巻の第百五十二首の「志賀の唐崎」とともに、志賀の水辺が挽歌に詠まれている。
 三句「しくしくに」は、しきりに、くり返しの意である。
 四句「常にと君が」は、いつまでも変わらずにと君がの意で、君は弓削皇子を指す。
 結句「思ほせりける」の「思ほす」は「思ふ」の尊敬語、「り」は存続、「ける」は詠嘆の「けり」の連体形で、思っておられたことだと余韻を残して結ぶ。

さざれなみ:細かく立つ波、さざ波
おもほす:お思いになる
作者
置始東人
出典
万葉集
前の歌
大君は神にしませば天雲の 五百重が下に隠りたまひぬ
次の歌
秋山の黄葉を茂み惑ひぬる 妹を求めむ山道知らずも