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秋山の黄葉を茂み惑ひぬる
妹を求めむ山道知らずも

歌の意味
秋の山の紅葉が茂っているので、道に迷ってしまった妻を探し求めようにも、その山道が分からない。
鑑賞
巻第二 挽歌 208

詞書は前の歌に続き「柿本朝臣人麻呂、妻の死にし後に泣血哀慟して作る歌、短歌二首」
 亡くなった妻が、紅葉の茂る秋の山に迷い込んでしまったと捉え、探しに行こうにもその山道が分からないと嘆いた一首である。死者は山に行くという考え方がうかがわれる。
 人麻呂が妻を亡くしたのち、血の涙を流すほどに嘆き悲しんで作った挽歌で、泣血哀慟歌と呼ばれる。長歌二首のそれぞれに短歌二首が添えられ、さらに或本に伝わる長歌と短歌三首も載せられている。一首目の長歌の第二百七首は人目を忍ぶ仲であった軽の里の妻を、二首目の長歌の第二百十首は幼子を残して亡くなった妻を悼む。本歌は第二百七首に添えられた短歌二首の一首目である。
 作者の柿本人麻呂は、持統天皇、文武天皇の時代に活躍した宮廷歌人で、長歌や挽歌にすぐれ、万葉集を代表する歌人である。後の時代には歌聖と称えられた。
 本文には異伝の注記があり、結句を「道知らずして」とする本がある。ここでは本行に従う。

 初句「秋山の」は、紅葉した秋の山のの意である。本巻の第九十二首の鏡王女の歌、第百六首の大伯皇女の歌にも秋山が詠まれている。
 二句「黄葉を茂み」は「〜を〜み」の形で原因を示し、紅葉が茂っているのでの意である。
 三句「惑ひぬる」の「ぬる」は完了の助動詞「ぬ」の連体形で、道に迷ってしまったの意。妻の死を山に迷い入ったことと表している。
 四句「妹を求めむ」の「む」は意志で、妻を探し求めようの意である。
 結句「山道知らずも」の「も」は詠嘆で、山道が分からないことだと嘆く。本巻の第百五十八首の高市皇子の歌の「道の知らなく」と同じく、亡き人を求める道が分からないという形で悲しみを表している。

もみち:秋に草木の葉が赤や黄に色づくこと、紅葉
まとふ:道に迷う
作者
柿本人麻呂
出典
万葉集
前の歌
楽浪の志賀さざれ波しくしくに 常にと君が思ほせりける
次の歌
黄葉の散りゆくなへに玉梓の 使を見れば逢ひし日思ほゆ