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去年見てし秋の月夜は渡れども
相見し妹はいや年離る

歌の意味
去年見た秋の月は今年も空を渡っていくけれども、一緒にその月を見た妻は、年ごとにいよいよ遠ざかっていく。
鑑賞
巻第二 挽歌 214

詞書は前の歌に続き「柿本朝臣人麻呂、妻の死にし後に泣血哀慟して作る歌、或本の歌の短歌三首」
 去年二人で見た秋の月は今年も空を渡っていくのに、共に見た妻は年ごとに遠ざかると、変わらずめぐる月と失われた妻とを対比させた一首である。
 人麻呂が妻を亡くしたのち、血の涙を流すほどに嘆き悲しんで作った挽歌で、泣血哀慟歌と呼ばれる。長歌二首のそれぞれに短歌二首が添えられ、さらに或本に伝わる長歌と短歌三首も載せられている。一首目の長歌の第二百七首は人目を忍ぶ仲であった軽の里の妻を、二首目の長歌の第二百十首は幼子を残して亡くなった妻を悼む。本歌は或本に伝わる長歌の第二百十三首に添えられた短歌三首の一首目で、第二百十一首とは三句の「照らせれど」が「渡れども」となっている点だけが異なる。
 作者の柿本人麻呂は、持統天皇、文武天皇の時代に活躍した宮廷歌人で、長歌や挽歌にすぐれ、万葉集を代表する歌人である。後の時代には歌聖と称えられた。

 初句「去年見てし」は、去年見たの意で、第二百十一首と同じ初句である。
 二句「秋の月夜は」は、秋の月はの意である。
 三句「渡れども」は、月が空を渡っていくけれどもの意である。第二百十一首の「照らせれど」に対し、月の動きに焦点を当て、めぐり続ける時の流れを感じさせる。
 四句「相見し妹は」は、一緒に見た妻はの意である。
 結句「いや年離る」は、年ごとにますます遠ざかっていくの意で、第二百十一首と同じ結句である。

つくよ:月。また月の照る夜
としさかる:年とともに遠ざかる
作者
柿本人麻呂
出典
万葉集
前の歌
衾道を引手の山に妹を置きて 山道を行けば生けりともなし
次の歌
衾道を引手の山に妹を置きて 山道思ふに生けるともなし