そら数ふ大津の子が逢ひし日に
おほに見しかば今ぞ悔しき
- 歌の意味
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大津の娘子に出会った日に、ぼんやりと見過ごしてしまったので、今となっては悔しいことだ。
- 鑑賞
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巻第二 挽歌 219
詞書は前の歌に続き「吉備津采女の死にし時に、柿本朝臣人麻呂の作る歌、短歌二首」
かつて大津の采女に出会った日に、よく見もせずに過ごしてしまったことが、亡くなった今となっては悔やまれると詠んだ一首である。
吉備津采女が亡くなったときに柿本人麻呂が作った挽歌で、長歌の第二百十七首に短歌二首が添えられている。吉備津采女は吉備の国から出仕した采女で、長歌には夫のあったことが詠まれている。志賀の津の水辺で亡くなったとみられ、入水したとする見方もある。本歌はその短歌二首の二首目である。
作者の柿本人麻呂は、持統天皇、文武天皇の時代に活躍した宮廷歌人で、長歌や挽歌にすぐれ、万葉集を代表する歌人である。後の時代には歌聖と称えられた。
初句「そら数ふ」は「大津」にかかる枕詞で、空で数える、おおよそに数えるの意から「おほ」の音にかかるとされる。
二句「大津の子が」の大津は、前歌の志賀津と同じ近江の港で、吉備津采女を指す。六音の字足らずである。
三句「逢ひし日に」は、出会った日にの意である。
四句「おほに見しかば」の「おほに」はぼんやりと、いいかげんにの意、「しかば」は過去の確定条件で、ぼんやりと見ていたのでの意である。
結句「今ぞ悔しき」の「ぞ」は係助詞で、連体形「悔しき」で結ぶ係り結びである。今となっては悔しいと結ぶ。
そらかぞふ:「大津」にかかる枕詞
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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楽浪の志賀津の子らが罷り道の 川瀬の道を見れば寂しも
- 次の歌
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妻もあらば摘みて食げまし沙弥の山 野の上のうはぎ過ぎにけらずや