今日今日と我が待つ君は石川の
峡に交りてありといはずやも
- 歌の意味
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今日か今日かと私が帰りを待っているあなたは、石川の谷あいに交じって眠っているというではないか。
- 鑑賞
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巻第二 挽歌 224
詞書「柿本朝臣人麻呂の死にし時に、妻依羅娘子の作る歌二首」
今日こそは帰るかと待ち続けていた夫が、石川の谷あいに葬られていると聞かされた妻の驚きと悲しみを詠んだ一首である。
詞書によれば、柿本人麻呂が亡くなったときに、妻の依羅娘子が作った歌二首の一首目である。前歌の、妻は知らずに待っているだろうという人麻呂の思いに、妻の側から答える配列になっている。
作者の依羅娘子は、柿本人麻呂の妻で、伝未詳の女性である。
本文には異伝の注記があり、四句の「峡に」を「谷に」とする本がある。ここでは本行に従う。
初句「今日今日と」は、今日か今日かとの意で、帰りを待ち続けた日々の長さを示す。
二句「我が待つ君は」は、私が帰りを待っているあなたはの意である。本巻の第八十五首の磐姫皇后の歌などと同じく、夫を待つ妻の歌であるが、待つ相手はすでに亡くなっている。
三句「石川の」の石川は、石見の国の川とされるが、所在は定まらない。
四句「峡に交りて」の「峡」は谷あいのことで、葬られて谷の土や石と交じっての意である。
結句「ありといはずやも」の「やも」は反語で、そうだというではないかの意。八音の字余りである。
かひ:山と山の間、谷あい
まじる:交じる。ここでは葬られて土や石と一つになることをいう
- 作者
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依羅娘子
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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鴨山の岩根しまける我れをかも 知らにと妹が待ちつつあるらむ
- 次の歌
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直の逢ひは逢ひかつましじ石川に 雲立ち渡れ見つつ偲はむ