妹が名は千代に流れむ姫島の
小松がうれに蘿生すまでに
- 歌の意味
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この娘子の名は千代までも語り伝えられるだろう。姫島の小松の梢に苔が生えるまでも。
- 鑑賞
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巻第二 挽歌 228
詞書「和銅四年歳次辛亥、河辺宮人、姫島の松原に嬢子の屍を見て悲嘆して作る歌二首」
姫島の松原で見た名も知らない娘子の死を悼み、その名は小松の梢に苔が生えるほどの長い年月にわたって語り伝えられるだろうと詠んだ一首である。
標目に「寧楽宮」とあり、ここから奈良の都の時代の歌となる。詞書によれば、和銅四年(711)に河辺宮人が、摂津の姫島の松原で若い女性の遺体を見て嘆き悲しんで作った歌二首である。本歌はその一首目である。
作者の河辺宮人は、伝未詳の人物である。
初句「妹が名は」は、この娘子の名はの意である。
二句「千代に流れむ」の「流る」は世に伝わる意、「む」は推量で、千代まで語り伝えられるだろうの意。二句切れである。
三句「姫島の」は、摂津の難波の海にあった島の名である。
四句「小松がうれに」の「うれ」は梢の意で、本巻の第百四十六首の結び松の歌の「小松がうれを」と同じ語句である。
結句「蘿生すまでに」は、苔が生えるまでの意で、長い年月のたとえである。倒置によって、名が伝わる年月の長さを最後に示している。
うれ:草木の先端、こずえ
こけむす:苔が生える。長い年月がたつことをいう
- 作者
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河辺宮人
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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天離る鄙の荒野に君を置きて 思ひつつあれば生けるともなし
- 次の歌
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難波潟潮干なありそね沈みにし 妹が姿を見まく苦しも