難波潟潮干なありそね沈みにし
妹が姿を見まく苦しも
- 歌の意味
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難波潟よ、潮が引かないでほしい。海に沈んでしまった娘子の姿を見るのはつらいから。
- 鑑賞
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巻第二 挽歌 229
詞書は前の歌に続き「和銅四年歳次辛亥、河辺宮人、姫島の松原に嬢子の屍を見て悲嘆して作る歌二首」
難波潟の潮が引けば海に沈んだ娘子の姿が現れてしまう、それを見るのはつらいから潮よ引かないでくれと願った一首である。
標目に「寧楽宮」とあり、ここから奈良の都の時代の歌となる。詞書によれば、和銅四年(711)に河辺宮人が、摂津の姫島の松原で若い女性の遺体を見て嘆き悲しんで作った歌二首である。本歌はその二首目で、作者は一連の詞書による。
作者の河辺宮人は、伝未詳の人物である。
初句「難波潟」は、難波の海の干潟の意である。
二句「潮干なありそね」の「な〜そね」は禁止に願望を添えた形で、潮が引かないでほしいの意。二句切れである。
三句「沈みにし」の「に」は完了、「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、沈んでしまったの意である。
四句「妹が姿を」は、娘子の姿をの意である。
結句「見まく苦しも」の「見まく」は「見む」のク語法、「も」は詠嘆で、見るのはつらいことだと結ぶ。
しほひ:潮が引くこと、干潮
なにはがた:難波の海の干潟
- 作者
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河辺宮人
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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妹が名は千代に流れむ姫島の 小松がうれに蘿生すまでに
- 次の歌
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高円の野辺の秋萩いたづらに 咲きか散るらむ見る人なしに