芦北の野坂の浦ゆ船出して
水島に行かむ波立つなゆめ
- 歌の意味
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芦北の野坂の浦から船出して、水島へ行こう。波よ、決して立つな。
- 鑑賞
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巻第三 雑歌 246
詞書は前の歌に続き「長田王、筑紫に遣はさえて水島に渡る時の歌二首」
前歌と一組の、水島へ渡る時の歌である。芦北の野坂の浦から船出して神聖な水島へ向かおうとし、波に向かって決して立つなと呼びかけている。航海の無事を祈る気持ちが、命令の強い調子に込められている。次歌で石川大夫がこの結句に和している。
作者の長田王は奈良時代前期の王族で、近江守、摂津大夫などを歴任し、天平九年(737)に没した。
初句「芦北の」 芦北は肥後国の郡名で、現在の熊本県芦北町のあたりである。
二句「野坂の浦ゆ」 野坂の浦は芦北の海岸とされる。「ゆ」は起点や経由を表す上代の格助詞で、から、の意である。
三句「船出して」 船出をして、の意である。
四句「水島に行かむ」 「む」は意志を表し、ここで句切れとなる。八音の字余りである。
結句「波立つなゆめ」 「な」は禁止の終助詞、「ゆめ」は決して、の意である。波への呼びかけで航海の無事を祈り、次歌の結句「波立ためやも」がこれに応じている。
のさかのうら:芦北の海岸にあった浦の名
- 作者
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長田王
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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聞きしごとまこと尊くくすしくも 神さびをるかこれの水島
- 次の歌
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沖つ波辺波立つとも我が背子が 御船の泊り波立ためやも