沖つ波辺波立つとも我が背子が
御船の泊り波立ためやも
- 歌の意味
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沖の波や岸辺の波が立ったとしても、あなたの御船が泊まる港に波が立つことがあろうか、ありはしない。
- 鑑賞
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巻第三 雑歌 247
詞書「石川大夫の和ふる歌一首」と注「名闕けたり」
長田王の前歌「波立つなゆめ」に和した歌である。沖や岸辺にどれほど波が立っても、王の船が泊まる所は安らかだと、旅の無事を請け合っている。左注によれば、慶雲年間に大宰大弐に任じられた石川宮麻呂と、神亀年間に大宰少弐に任じられた石川吉美侯のどちらの作か分からないという。
作者の石川大夫は、誰を指すかについて定説を見ない。大夫は四位や五位の官人に対する敬称で、左注は石川宮麻呂と石川吉美侯の二人を候補に挙げている。
初句「沖つ波」 「つ」は「の」にあたる上代の格助詞で、沖の波の意である。
二句「辺波立つとも」 辺波は岸辺に寄せる波で、「とも」は逆接の仮定条件を表す。沖と辺を並べて、あらゆる波を想定している。
三句「我が背子が」 背子は男性を親しんで呼ぶ語で、ここでは長田王を指す。
四句「御船の泊り」 王の船が停泊する所、の意である。
結句「波立ためやも」 「め」は推量の助動詞「む」の已然形、「や」は反語、「も」は詠嘆である。前歌の結句「波立つなゆめ」と同じ「波立つ」の語で応じ、波は決して立たないと保証している。
へなみ:岸辺に寄せる波
とまり:船が停泊する所、港
せこ:男性を親しんで呼ぶ語
- 作者
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石川大夫
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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芦北の野坂の浦ゆ船出して 水島に行かむ波立つなゆめ
- 次の歌
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隼人の薩摩の瀬戸を雲居なす 遠くも我れは今日見つるかも