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稲日野も行き過ぎかてに思へれば
心恋しき加古の島見ゆ

歌の意味
稲日野も素通りしがたく思っていると、心ひかれる加古の島が見えてきた。
鑑賞
巻第三 雑歌 253

詞書は前の歌に続き「柿本朝臣人麻呂の羈旅の歌八首」
 羈旅の歌八首の五首目である。播磨の稲日野の景に心ひかれて通り過ぎがたく思っていると、さらに心を寄せる加古の島が見えてきたと、土地の美しさを重ねてたたえている。旅の歩みを惜しむ気持ちと土地讃美が一体となった歌である。なお原文の末尾には「一に云ふ、水門見ゆ」の異伝の注記があり、ここでは本文の「加古の島見ゆ」を採った。
 羈旅の歌八首は、難波から瀬戸内海を西へ下り、また大和へ帰る船旅を、地名を連ねてたどる連作である。一首目の第二百四十九首は下の句が難訓である。
 作者の柿本人麻呂は、持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、長歌と短歌の両方にすぐれ、後世「歌聖」と仰がれた。官位は低く、その生涯には不明な点が多い。

 初句「稲日野も」 稲日野は播磨国の印南野で、現在の加古川市から明石市にかけての台地である。「も」は、野もまた、の意である。
 二句「行き過ぎかてに」 「かてに」はできずに、の意で、通り過ぎることができないほどに、を表している。
 三句「思へれば」 「思へ」に存続の助動詞「り」の已然形と「ば」がついた形で、思っていると、の意である。
 四句「心恋しき」 心ひかれて懐かしい、の意で、次の加古の島を修飾している。
 結句「加古の島見ゆ」 加古の島は加古川の河口付近の島とされる。異伝では「水門見ゆ」とし、河口の港が見えたとする。

いなびの:播磨国の印南野。現在の加古川市から明石市にかけての台地
かこのしま:加古川の河口付近にあった島
作者
柿本人麻呂
出典
万葉集
前の歌
荒栲の藤江の浦に鱸釣る 海人とか見らむ旅行く我れを
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燈火の明石大門に入らむ日や 漕ぎ別れなむ家のあたり見ず