我が舟は比良の港に漕ぎ泊てむ
沖へな離りさ夜更けにけり
- 歌の意味
-
私の舟は比良の港に漕ぎ寄せて泊まろう。沖の方へ離れて行くな。夜も更けてしまった。
- 鑑賞
-
巻第三 雑歌 274
詞書は前の歌に続き「高市連黒人の羈旅の歌八首」
黒人の羈旅の歌八首の五首目である。夜の琵琶湖を行く舟の中で、比良の港に舟を寄せて泊まろうと、舟を漕ぐ者に呼びかけている。暗い沖へ離れていくことへの不安と、夜更けの心細さが率直に表れている。比良は琵琶湖西岸、比良山のふもとの地である。
黒人の羈旅の歌八首は、摂津、尾張、近江、三河、山城など、各地の旅で詠まれた歌を集めた一連である。
作者の高市黒人は持統朝から文武朝にかけての歌人で、旅の歌にすぐれ、遠ざかるものを見つめる孤独なまなざしの叙景に独自の境地を開いた。伝は未詳である。
初句「我が舟は」 自分の乗る舟は、の意である。
二句「比良の港に」 比良は琵琶湖西岸の地で、現在の大津市北部にあたる。
三句「漕ぎ泊てむ」 「泊つ」は船が港に着いて泊まる意、「む」は意志で、ここで句切れとなる。
四句「沖へな離り」 「な」は禁止を表す副詞で、沖の方へ離れていくな、の意である。ここでも句切れとなる。
結句「さ夜更けにけり」 「さ」は接頭語で、夜が更けてしまった、と夜の深まりへの気づきで結び、泊まろうとする理由を示している。
はつ:船が港に着いて泊まる
さかる:離れる、遠ざかる
さよ:夜。「さ」は接頭語
- 作者
-
高市黒人
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
磯の崎漕ぎ廻み行けば近江の海 八十の港に鶴さはに鳴く
- 次の歌
-
いづくにか我は宿らむ高島の 勝野の原にこの日暮れなば