早来ても見てましものを山背の
高の槻群散りにけるかも
- 歌の意味
-
早く来て見ればよかったのに。山城の高の欅の林は、もう葉が散ってしまったことだ。
- 鑑賞
-
巻第三 雑歌 277
詞書は前の歌に続き「高市連黒人の羈旅の歌八首」
黒人の羈旅の歌八首の八首目で、一連を締めくくる歌である。山城の高にある欅の林を訪れたところ、すでに葉が散ってしまっていたことを惜しみ、もっと早く来て見ればよかったと悔やんでいる。見そびれた美しさへの心残りが、旅の終わりにふさわしい寂寥を漂わせている。高は現在の京都府綴喜郡井手町多賀のあたりとされる。
黒人の羈旅の歌八首は、摂津、尾張、近江、三河、山城など、各地の旅で詠まれた歌を集めた一連である。
作者の高市黒人は持統朝から文武朝にかけての歌人で、旅の歌にすぐれ、遠ざかるものを見つめる孤独なまなざしの叙景に独自の境地を開いた。伝は未詳である。
初句「早来ても」 早く来てでも、の意である。
二句「見てましものを」 「まし」は反実仮想の助動詞で、見ればよかったのに、の意である。ここで句切れとなる。
三句「山背の」 山背は山城国のことである。
四句「高の槻群」 槻は欅の古名で、槻群は欅の群がり生えた林である。
結句「散りにけるかも」 散ってしまったことだ、の意で、「かも」は詠嘆である。すでに失われた景への惜しみで一連を結んでいる。
つき:欅の古名
つきむら:欅の群がり生えている林
- 作者
-
高市黒人
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
妹も我れも一つなれかも三河なる 二見の道ゆ別れかねつる
- 次の歌
-
志賀の海女は藻刈り塩焼き暇なみ 櫛笥の小櫛取りも見なくに