我が命のま幸くあらばまたも見む
志賀の大津に寄する白波
- 歌の意味
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私の命が無事であったならば、また見よう。志賀の大津に寄せるこの白波を。
- 鑑賞
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巻第三 雑歌 288
詞書「穂積朝臣老の歌一首」
志賀の大津に寄せる白波を見て、命があればまた見に来ようと願った歌である。旅先の美しい景への賛美とともに、再び来られるかわからない身の上への思いがこもっている。左注には、行幸の年月は不審である、とある。
作者の穂積老は奈良時代前期の官人で、養老六年(722)に天皇を非難した罪で佐渡に流され、天平十二年(740)に許されて都に戻った。
初句「我が命の」 私の命が、の意で、六音の字余りである。
二句「ま幸くあらば」 「ま」は接頭語で、「ま幸く」は無事で、の意、「あらば」は仮定条件である。
三句「またも見む」 「む」は意志で、また見よう、の意である。ここで句切れとなる。
四句「志賀の大津に」 志賀の大津は琵琶湖西岸、天智天皇の大津宮があった地である。
結句「寄する白波」 体言止めで、見ようとする対象を最後に置く倒置となっている。
おほつ:近江の大津。天智天皇の大津宮があった地
- 作者
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穂積老
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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ここにして家やもいづく白雲の たなびく山を越えて来にけり
- 次の歌
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天の原振り放け見れば白真弓 張りて懸けたり夜道はよけむ