廬原の清見の崎の三保の浦の
ゆたけき見つつ物思ひもなし
- 歌の意味
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廬原の清見の崎の、三保の浦のゆったりと広やかな景色を見ていると、何の物思いもない。
- 鑑賞
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巻第三 雑歌 296
詞書「田口益人大夫、上野国司に任けらゆる時に、駿河の浄見の崎に至りて作る歌二首」
上野国の国司として任地へ向かう途中、駿河の清見の崎で詠んだ歌である。三保の浦の広々と穏やかな海を眺めていると、旅の憂いも忘れてしまうと、景の雄大さをたたえている。「の」を重ねて地名を連ね、視野が広がっていくさまを表している。
作者の田口益人は奈良時代初めの官人で、和銅元年(708)に上野守に任じられた。
初句「廬原の」 廬原は駿河国の郡名で、現在の静岡市清水区のあたりである。
二句「清見の崎の」 清見の崎は清水区興津のあたりの岬で、のちに清見関が置かれた。
三句「三保の浦の」 三保の浦は三保の松原の内側の入り海である。六音の字余りで、「の」を重ねて地名を大から小へと連ねている。
四句「ゆたけき見つつ」 「ゆたけし」はゆったりと広い意で、その広い景色を見ながら、の意である。
結句「物思ひもなし」 何の物思いもない、の意で、景の雄大さに心が晴れることを言い切っている。
ものもひ:思い悩むこと、物思い
- 作者
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田口益人
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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住吉の岸の松原遠つ神 我が大君の幸しところ
- 次の歌
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昼見れど飽かぬ田子の浦大君の 命畏み夜見つるかも