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真土山夕越え行きて廬前の
角太川原にひとりかも寝む

歌の意味
真土山を夕方に越えて行って、廬前の角太川原で、今夜はひとりで寝ることになるのだろうか。
鑑賞
巻第三 雑歌 298

詞書「弁基の歌一首」
 大和から紀伊へ入る境の真土山を夕方に越え、その先の角太川原で野宿することになるのかと、旅の夜の孤独を思いやった歌である。左注には、ある説に弁基は春日蔵首老の法師としての名である、とある。
 作者の弁基は、左注によれば春日蔵首老の法師名である。老は大宝元年(701)に還俗して春日蔵首老の名を賜った。

 初句「真土山」 真土山は大和と紀伊の国境にある山で、現在の奈良県五條市と和歌山県橋本市の境にある。
 二句「夕越え行きて」 夕方に越えて行って、の意である。
 三句「廬前の」 廬前は紀の川沿いの地名とされる。
 四句「角太川原に」 角太川原は紀の川の河原とされる。
 結句「ひとりかも寝む」 「か」は疑問の係助詞、「む」は推量の連体形で係り結びとなる。ひとりで寝ることになるのか、と旅の夜の寂しさで結んでいる。

まつちやま:大和と紀伊の国境にある山
かはら:川の岸の平らな所
作者
弁基
出典
万葉集
前の歌
昼見れど飽かぬ田子の浦大君の 命畏み夜見つるかも
次の歌
奥山の菅の葉しのぎ降る雪の 消なば惜しけむ雨な降りそね