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大君の遠の朝廷とあり通ふ
島門を見れば神代し思ほゆ

歌の意味
大君の遠く離れた政庁へと人々が行き来し続けてきた島々の間の海峡を見ると、神代のことがしのばれる。
鑑賞
巻第三 雑歌 304

詞書は前の歌に続き「柿本朝臣人麻呂、筑紫国に下る時に、海路にして作る歌二首」
 前歌と一組の、筑紫へ下る船旅での歌である。大宰府を「大君の遠の朝廷」と呼び、そこへ向かって古くから人々が行き来してきた島々の海峡を見て、国土を生んだ神々の時代に思いをはせている。前歌が故郷を見失う寂しさを詠んだのに対し、ここでは国土の悠久の歴史への感慨を詠んでいる。
 作者の柿本人麻呂は、持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、長歌と短歌の両方にすぐれ、後世「歌聖」と仰がれた。官位は低く、その生涯には不明な点が多い。

 初句「大君の」 天皇を指す。
 二句「遠の朝廷と」 遠の朝廷は都から遠く離れた地の政庁で、ここでは筑紫の大宰府を指す。
 三句「あり通ふ」 「あり」は継続を表す接頭語的な語で、絶えず行き来する、の意である。
 四句「島門を見れば」 島門は島と島の間の海峡のことである。
 結句「神代し思ほゆ」 「し」は強意の副助詞、「思ほゆ」は自然に思われる意である。国生みの神話の時代がおのずとしのばれる、と悠久の感慨で結んでいる。

とほのみかど:都から遠く離れた地の政庁。大宰府など
ありがよふ:絶えず行き来する
しまと:島と島の間の海峡
かむよ:神々の時代
作者
柿本人麻呂
出典
万葉集
前の歌
名ぐはしき印南の海の沖つ波 千重に隠りぬ大和島根は
次の歌
かく故に見じと言ふものを楽浪の 旧き都を見せつつもとな