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田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ
富士の高嶺に雪は降りける

歌の意味
田子の浦を通って視界の開けた所に出て見ると、真っ白に、富士の高嶺に雪が降り積もっていることだ。
鑑賞
巻第三 雑歌 318

詞書は前の歌に続き「山部宿禰赤人の不尽山を望む歌一首并せて短歌」の「反歌」
 富士山を仰いだ長歌に添えられた反歌で、万葉集を代表する叙景歌として名高い。田子の浦から広々とした海辺に出た瞬間、目の前に真っ白な雪をいただいた富士の高嶺が現れた驚きと感動を、簡潔な言葉で雄大に表している。この歌は新古今和歌集に「田子の浦にうち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ」の形で採られ、小倉百人一首にも入っている。
 作者の山部赤人は聖武朝の宮廷歌人で、行幸に従って多くの歌を詠み、清らかで澄んだ叙景歌にすぐれた。後世、柿本人麻呂と並んで歌聖と称された。

 初句「田子の浦ゆ」 田子の浦は駿河湾の海岸で、「ゆ」は経由を表す格助詞である。田子の浦を通って、の意となる。六音の字余りである。
 二句「うち出でて見れば」 「うち出づ」は視界の開けた所に出る意で、八音の字余りである。
 三句「真白にぞ」 真っ白に、の意で、「ぞ」は強意の係助詞で結句の連体形「ける」と係り結びとなる。
 四句「富士の高嶺に」 高嶺は高い峰のことである。
 結句「雪は降りける」 「ける」は気づきの詠嘆を表す「けり」の連体形で、三句の「ぞ」を受けている。新古今和歌集の形では「降りつつ」となり、今まさに降っている情景に改められている。

たかね:高い峰
うちいづ:視界の開けた所へ出る
作者
山部赤人
出典
万葉集
前の歌
昔見し象の小川を今見れば いよよさやけくなりにけるかも
次の歌
富士の嶺に降り置く雪は六月の 十五日に消ぬればその夜降りけり