富士の嶺を高み畏み天雲も
い行きはばかりたなびくものを
- 歌の意味
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富士の嶺が高く恐れ多いので、天の雲も進むのをためらって、たなびいていることだ。
- 鑑賞
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巻第三 雑歌 321
詞書は前の歌に続き「不尽山を詠む歌一首并せて短歌」の「反歌」
富士山を詠んだ長歌の反歌の二首目である。富士の高さと神々しさに、空を行く雲さえ恐れ入って進むのをためらい、山にたなびいていると、雲を擬人化して富士の威厳をたたえている。左注には、この歌は高橋連虫麻呂の歌の中に出るもので、類が同じなのでここに載せた、とある。「天雲もい行きはばかり」の句は、山部赤人が富士を詠んだ長歌の句と重なっており、富士讃美の表現として共有されている。
作者は題詞に記されていないが、左注に、この一群は高橋連虫麻呂の歌の中に出るもので、類が同じなのでここに載せる、とあり、虫麻呂の作とされる。
作者の高橋虫麻呂は奈良時代の歌人で、常陸国に赴任していたとされ、東国の伝説を題材にした長歌を多く詠んだことから伝説歌人と呼ばれる。
初句「富士の嶺を」 富士山の峰を、の意である。
二句「高み畏み」 「を〜み」で原因を表し、高く、恐れ多いので、の意である。
三句「天雲も」 天の雲も、の意で、「も」は人ばかりか雲までも、の意を込めている。
四句「い行きはばかり」 「い」は接頭語で、「はばかる」はためらう、進みかねる意である。
結句「たなびくものを」 「ものを」は詠嘆を表し、雲がためらってたなびいていることよ、と富士の威厳をたたえて結んでいる。
いゆく:行く。「い」は接頭語
はばかる:ためらう、進みかねる
- 作者
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高橋虫麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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富士の嶺に降り置く雪は六月の 十五日に消ぬればその夜降りけり
- 次の歌
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ももしきの大宮人の熟田津に 船乗りしけむ年の知らなく