ももしきの大宮人の熟田津に
船乗りしけむ年の知らなく
- 歌の意味
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大宮人たちがこの熟田津で船出をしたのは、いつの年のことであったか、今では分からないことだ。
- 鑑賞
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巻第三 雑歌 323
詞書は前の歌に続き「山部宿禰赤人の伊予の温泉に至りて作る歌一首并せて短歌」の「反歌」
伊予の温泉を訪れた時の長歌に添えられた反歌である。かつて大宮人たちが熟田津から船出したのは、もう遠い昔のことで、いつのことかも分からないと、過ぎ去った歳月への感慨を詠んでいる。斉明天皇七年(661)の西征の際、一行が熟田津に立ち寄って船出した故事を踏まえ、巻第一の第八首の額田王の歌「熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな」を思い起こさせる。
作者の山部赤人は聖武朝の宮廷歌人で、行幸に従って多くの歌を詠み、清らかで澄んだ叙景歌にすぐれた。後世、柿本人麻呂と並んで歌聖と称された。
初句「ももしきの」 「大宮」にかかる枕詞である。
二句「大宮人の」 宮廷に仕える人々の、の意である。
三句「熟田津に」 熟田津は伊予国の港で、現在の松山市付近とされる。
四句「船乗りしけむ」 「けむ」は過去推量の連体形で、船出をしたであろう、の意である。
結句「年の知らなく」 「なく」は打消の「ず」のク語法で、年が分からないことよ、と詠嘆を込めて結んでいる。
ももしき:宮中、大宮
にきたつ:伊予国の港。現在の松山市付近
ふなのり:船に乗り込むこと、船出
- 作者
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山部赤人
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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富士の嶺を高み畏み天雲も い行きはばかりたなびくものを
- 次の歌
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明日香川川淀さらず立つ霧の 思ひ過ぐべき恋にあらなくに