我が行きは久にはあらじ夢のわだ
瀬にはならずて淵にありこそ
- 歌の意味
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私の筑紫での勤めは長くはないだろう。夢のわだよ、浅い瀬に変わってしまわずに、深い淵のままであっておくれ。
- 鑑賞
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巻第三 雑歌 335
詞書は前の歌に続き「帥大伴卿の歌五首」
帥大伴卿の歌五首の五首目で、一連を締めくくる歌である。筑紫での務めはそう長くはないはずだから、都に帰るまで吉野の夢のわだが浅瀬に変わらず、深い淵のままであってほしいと、再び見る日への願いを込めている。一連が老いの嘆きから故郷への願いへと移り、帰京の希望で結ばれている。夢のわだは吉野の宮滝のあたりにある淵である。
帥大伴卿の歌五首は、大宰府で奈良の都や故郷をしのんだ一連で、小野老や大伴四綱の歌に続けて配されている。
作者の大伴旅人は大伴安麻呂の子で、中納言、大宰帥を経て大納言に至り、天平三年(731)に没した。漢詩文の教養に富み、大宰帥として筑紫にあった時には、山上憶良らとともに歌の交流の中心となった。
初句「我が行きは」 私の旅は、の意で、筑紫での勤めを指す。
二句「久にはあらじ」 「じ」は打消の推量で、長くはないだろう、の意である。ここで句切れとなる。
三句「夢のわだ」 わだは川の湾曲して水のよどんだ所で、夢のわだは吉野の宮滝にある淵の名である。
四句「瀬にはならずて」 浅い瀬に変わらないで、の意である。
結句「淵にありこそ」 「こそ」は願望の終助詞で、淵のままであってほしい、と再会の日への願いで結んでいる。淵と瀬の対比は、変わりやすい世のたとえとしても用いられる。
いめのわだ:吉野の宮滝にある淵の名
わだ:川の湾曲して水のよどんだ所
ふち:水が深くよどんでいる所
せ:川の浅く流れの速い所
- 作者
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大伴旅人
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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忘れ草我が紐に付く香具山の 古りにし里を忘れむがため
- 次の歌
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しらぬひ筑紫の綿は身に付けて いまだは着ねど暖けく見ゆ