縄の浦に塩焼く煙夕されば
行き過ぎかねて山にたなびく
- 歌の意味
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縄の浦で塩を焼く煙は、夕方になると、流れ去りかねて、山にたなびいている。
- 鑑賞
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巻第三 雑歌 354
詞書「日置少老の歌一首」
播磨の縄の浦で、塩を焼く煙が夕方になると風もなく流れ去りかねて、山にたなびいているさまを詠んだ叙景歌である。夕暮れの静けさと海辺の営みとが、立ちのぼる煙の姿に溶け合っている。縄の浦は現在の兵庫県相生市那波のあたりとされる。本巻の第三百五十七首も「縄の浦ゆ」と同じ地を詠んでいる。
作者の日置少老は奈良時代の人物であるが、伝は未詳である。
初句「縄の浦に」 縄の浦は播磨国の海岸で、六音の字余りである。
二句「塩焼く煙」 海水を煮つめて塩を作る際に立ちのぼる煙である。
三句「夕されば」 夕方になると、の意である。
四句「行き過ぎかねて」 流れ去ることができずに、の意で、煙を擬人化して描いている。
結句「山にたなびく」 山に横に長く引いてかかっている、の意で、夕暮れの静かな景で結んでいる。
しほやく:海水を煮つめて塩を作る
ゆふさる:夕方になる
- 作者
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日置少老
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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み吉野の高城の山に白雲は 行きはばかりてたなびけり見ゆ
- 次の歌
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大汝少彦名のいましけむ 志都の石屋は幾代経にけむ