塩津山打ち越え行けば我が乗れる
馬ぞつまづく家恋ふらしも
- 歌の意味
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塩津山を越えて行くと、私の乗っている馬がつまずいた。家の者が私を恋しく思っているらしい。
- 鑑賞
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巻第三 雑歌 365
詞書は前の歌に続き「笠朝臣金村の塩津山にして作る歌二首」
前歌と一組の、塩津山を越える時の歌である。乗っている馬がつまずいたのは、家の者が自分を恋しく思っているしるしだという当時の俗信を踏まえ、家を離れて旅する身の、家族への思いを詠んでいる。前歌の勇壮な調子から一転して、旅人の心細さと家郷への思いが表れている。
作者の笠金村は聖武朝の宮廷歌人で、行幸に従って多くの長歌と短歌を詠んだ。
初句「塩津山」 塩津山は近江から越前へ越える峠である。
二句「打ち越え行けば」 「打ち」は動詞に勢いを添える接頭語で、越えて行くと、の意である。
三句「我が乗れる」 私が乗っている、の意である。
四句「馬ぞつまづく」 「ぞ」は強意の係助詞で、馬がつまずいた、の意である。ここで句切れとなる。
結句「家恋ふらしも」 「らし」は推定、「も」は詠嘆で、家の者が恋しく思っているらしい、と俗信を踏まえて結んでいる。
つまづく:足先を物に当ててよろける
- 作者
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笠金村
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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ますらをの弓末振り起し射つる矢を 後見む人は語り継ぐがね
- 次の歌
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越の海の手結が浦を旅にして 見れば羨しみ大和偲ひつ