越の海の手結が浦を旅にして
見れば羨しみ大和偲ひつ
- 歌の意味
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越の海の手結が浦を、旅の途中に見ると、その景に心ひかれるにつけて、大和を恋しく思ったことだ。
- 鑑賞
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巻第三 雑歌 367
詞書は前の歌に続き「角鹿の津にして船に乗る時に、笠朝臣金村の作る歌一首并せて短歌」の「反歌」
越前の角鹿の港から船出した時の長歌に添えられた反歌である。越の海の手結が浦の美しい景に心ひかれながらも、それを共に見る人のいない旅の身であるため、かえって大和が恋しく思われたと詠んでいる。美しい景色がかえって望郷の思いを誘うという、旅の歌の心情がよく表れている。手結が浦は現在の福井県敦賀市田結のあたりである。
作者の笠金村は聖武朝の宮廷歌人で、行幸に従って多くの長歌と短歌を詠んだ。
初句「越の海の」 越は北陸地方の古い呼び名で、越の海はその海である。六音の字余りである。
二句「手結が浦を」 手結が浦は越前国の浦で、敦賀湾に面している。
三句「旅にして」 旅にあって、の意である。
四句「見れば羨しみ」 「羨し」は心ひかれる意で、「み」は原因を表す。見ると心ひかれるので、の意である。
結句「大和偲ひつ」 「偲ふ」は思い慕う意、「つ」は完了で、大和を恋しく思った、と望郷の思いで結んでいる。
たゆひがうら:越前国の浦。現在の福井県敦賀市田結
しのふ:思い慕う
- 作者
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笠金村
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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塩津山打ち越え行けば我が乗れる 馬ぞつまづく家恋ふらしも
- 次の歌
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大船に真楫しじ貫き大君の 命畏み磯廻するかも