我がやどに韓藍蒔き生ほし枯れぬれど
懲りずてまたも蒔かむとぞ思ふ
- 歌の意味
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私の家の庭に韓藍の種を蒔いて育てたが、枯れてしまった。けれども懲りずに、またも蒔こうと思う。
- 鑑賞
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巻第三 雑歌 384
詞書「山部宿禰赤人の歌一首」
庭に蒔いて育てた韓藍が枯れてしまったが、懲りずにまた蒔こうと思うと詠んだ歌である。表向きは草花の栽培の歌であるが、一度うまくいかなかった恋に、懲りずにまた挑もうとする心を寓したものと解されている。韓藍は鶏頭の古名で、染料にも用いられた。
作者の山部赤人は聖武朝の宮廷歌人で、行幸に従って多くの歌を詠み、清らかで澄んだ叙景歌にすぐれた。後世、柿本人麻呂と並んで歌聖と称された。
初句「我がやどに」 やどは家の庭、家の前の意である。
二句「韓藍蒔き生ほし」 韓藍は鶏頭の古名、「生ほす」は育てる意で、韓藍を蒔いて育てて、の意である。九音の字余りである。
三句「枯れぬれど」 枯れてしまったけれども、の意である。
四句「懲りずてまたも」 懲りないで、またも、の意である。
結句「蒔かむとぞ思ふ」 「ぞ」は強意の係助詞で、「思ふ」の連体形と係り結びとなる。また蒔こうと思う、と恋を寓した強い決意で結んでいる。
やど:家の庭、家の前
からあゐ:鶏頭の古名
おほす:育てる
- 作者
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山部赤人
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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筑波嶺を外のみ見つつありかねて 雪消の道をなづみ来るかも
- 次の歌
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霰降り吉志美が岳をさがしみと 草取りかなわ妹が手を取る