いにしへに梁打つ人のなかりせば
ここにもあらまし柘の枝はも
- 歌の意味
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昔、梁を打つ人がいなかったならば、柘の枝は今もここにあったであろうに。ああ、その柘の枝よ。
- 鑑賞
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巻第三 雑歌 387
詞書は前の歌に続き「仙柘枝の歌三首」
仙柘枝の歌三首の三首目である。昔、味稲が梁を仕掛けて柘の枝を拾わなかったならば、その枝は今もここにあったろうにと、伝説の仙女をなつかしんでいる。前歌が自分に置き換えて機知を見せたのに対し、ここでは伝説そのものを振り返り、失われた不思議への思慕を詠んでいる。左注に、若宮年魚麻呂の作とある。
仙柘枝の歌三首は、吉野の漁夫の味稲が、川を流れてきた柘の枝を拾ったところ、それが美しい仙女となって夫婦になったという伝説にちなむ一連である。
作者の若宮年魚麻呂は奈良時代の人物であるが、伝は未詳である。
初句「いにしへに」 昔、の意で、伝説の時代を指す。
二句「梁打つ人の」 梁を打つ人、すなわち伝説の味稲を指す。前歌の「梁は打たずて」と対応している。
三句「なかりせば」 「せば」は反実仮想の仮定で、いなかったならば、の意である。
四句「ここにもあらまし」 「まし」は反実仮想で、ここにもあっただろうに、の意である。
結句「柘の枝はも」 「はも」は思慕の詠嘆で、倒置によって柘の枝を最後に置き、失われた伝説への思いで結んでいる。
つみ:山桑の一種、柘
やな:川に杭を打ち並べて魚をとる仕掛け
- 作者
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若宮年魚麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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この夕柘のさ枝の流れ来ば 梁は打たずて取らずかもあらむ
- 次の歌
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島伝ひ敏馬の崎を漕ぎ廻れば 大和恋しく鶴さはに鳴く