見えずとも誰れ恋ひざらめ山の端に
いさよふ月を外に見てしか
- 歌の意味
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たとえ見えなくても、誰が恋い慕わずにいられようか。山の端にためらっている月を、せめてよそながらでも見たいものだ。
- 鑑賞
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巻第三 譬喩歌 393
詞書「満誓沙弥の月の歌一首」
巻第三の譬喩歌の部に収められた歌である。山の端にためらってなかなか姿を現さない月を、たとえ見えなくても誰もが恋い慕うものであり、せめて遠くからでも見たいと詠んでいる。月を近づきがたい高貴な女にたとえ、たとえ手の届かない人でも、せめてよそながら姿を見たいという恋心を寓したものと解されている。
作者の満誓は俗名を笠麻呂といい、美濃守などを務めたのち出家し、造筑紫観世音寺別当として大宰府に下った。
初句「見えずとも」 たとえ見えなくても、の意で、「とも」は逆接の仮定条件である。
二句「誰れ恋ひざらめ」 「め」は推量の助動詞「む」の已然形で、誰が恋い慕わないだろうか、いや誰もが恋い慕う、の意の反語である。ここで句切れとなる。
三句「山の端に」 山の稜線、山の端に、の意である。
四句「いさよふ月を」 「いさよふ」はためらって進まない意で、なかなか出てこない月を、の意である。
結句「外に見てしか」 「てしか」は願望の終助詞で、よそながらでも見たいものだ、と結んでいる。
やまのは:山の稜線
いさよふ:ためらって進まない
- 作者
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満誓
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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ぬばたまのその夜の梅をた忘れて 折らず来にけり思ひしものを
- 次の歌
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標結ひて我が定めてし住吉の 浜の小松は後も我が松