ちはやぶる神の社しなかりせば
春日の野辺に粟蒔かましを
- 歌の意味
-
恐ろしい神の社さえなかったならば、春日の野辺に粟を蒔くのだけれど。
- 鑑賞
-
巻第三 譬喩歌 404
詞書「娘子の佐伯宿禰赤麻呂の贈るに報ふる歌一首」
巻第三の譬喩歌の部に収められた歌である。佐伯赤麻呂の求愛に答えた娘子の歌である。神の社さえなかったら、春日の野に粟を蒔くのにと言い、「粟」に「逢は」を掛けて、あなたに奥様さえいなければお逢いするのに、と求愛をやんわり退けている。神の社は赤麻呂の妻をたとえたものと解されている。作者は娘子とのみ記され、名は伝わらない。
佐伯赤麻呂と娘子の贈答は、春日の社と粟に託して、妻のある男の求愛とそれを退ける女のやりとりを詠んだ一連である。
初句「ちはやぶる」 「神」にかかる枕詞である。
二句「神の社し」 「し」は強意の副助詞で、神の社さえ、の意である。社は赤麻呂の妻を寓している。
三句「なかりせば」 「せば」は反実仮想の仮定で、なかったならば、の意である。
四句「春日の野辺に」 春日野は平城京の東の野で、春日の神の社がある。
結句「粟蒔かましを」 「まし」は反実仮想で、粟を蒔くのだけれど、の意である。「粟」に「逢は」を掛け、お逢いするのに、と言外に示している。
やしろ:神を祭る所
あは:穀物の粟。「逢は」の意を掛ける
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
朝に日に見まく欲りするその玉を いかにせばかも手ゆ離れずあらむ
- 次の歌
-
春日野に粟蒔けりせば鹿待ちに 継ぎて行かましを社し恨めし