家にあらば妹が手まかむ草枕
旅に臥やせるこの旅人あはれ
- 歌の意味
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家にいたならば、妻の手を枕にしていることだろうに。旅先で倒れ臥しているこの旅人の、なんとあわれなことか。
- 鑑賞
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巻第三 挽歌 415
詞書「上宮聖徳皇子の竹原井に出遊しし時に、竜田山の死人を見て悲傷して作らす歌一首」と注「小墾田宮に天の下知らしめしし天皇の代。小墾田宮に天の下知らしめしし天皇は豊御食炊屋姫天皇なり。諱は額田、謚は推古」
巻第三の挽歌の部の冒頭に置かれた歌である。聖徳太子が竹原井に出かけた時、竜田山で行き倒れて死んでいる旅人を見て悲しんだ歌で、家にいれば妻の手を枕にしているだろうにと、旅の途中で死んだ者を深く哀れんでいる。行き倒れの死者を悼む行路死人歌の代表作であり、日本書紀の推古天皇二十一年に見える、太子が片岡山で飢えた人を哀れんだ伝承とも通じている。
作者の聖徳太子は用明天皇の皇子で、推古天皇の摂政として冠位十二階や十七条憲法を定め、仏教の興隆に努めた。
初句「家にあらば」 家にいたならば、の意で、仮定条件である。
二句「妹が手まかむ」 「まく」は枕にする意、「む」は推量で、妻の手を枕にしているだろう、の意である。ここで句切れとなる。
三句「草枕」 旅では草を枕にすることから、「旅」にかかる枕詞である。
四句「旅に臥やせる」 「臥やす」は横たわる意の「臥ゆ」の尊敬語で、死者への敬意を込めている。旅先で倒れ臥している、の意である。
結句「この旅人あはれ」 「あはれ」は深い感動を表す感動詞で、なんとあわれなことか、と哀悼の思いで結んでいる。八音の字余りである。
まく:枕にする
こやす:横たわる、臥す
たびと:旅をしている人、旅人
- 作者
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聖徳太子
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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あしひきの岩根こごしみ菅の根を 引かばかたみと標のみぞ結ふ
- 次の歌
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百伝ふ磐余の池に鳴く鴨を 今日のみ見てや雲隠りなむ