- 歌の意味
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大君の穏やかな御魂にかなったからだろうか、豊国の鏡の山を、永遠の宮とお定めになった。
- 鑑賞
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巻第三 挽歌 417
詞書「河内王を豊前国の鏡山に葬る時に、手持女王の作る歌三首」
手持女王の三首の一首目である。河内王が豊前国の鏡山を墓所とされたのは、その地が王の穏やかな御魂にかなったからだろうかと、亡き王の心を思いやっている。遠い筑紫の地に葬られることを、王自らが選んだものとして受け止めようとする悲しみがにじむ。河内王は大宰帥として筑紫に下り、持統天皇八年(694)ごろに没したとされる。
手持女王の三首は、大宰帥として筑紫で没した河内王を、豊前国の鏡山に葬った時の挽歌の一連である。
作者の手持女王は河内王の妻とされる奈良時代初めの女性であるが、伝は未詳である。
初句「大君の」 ここでは河内王を指す。
二句「和魂あへや」 和魂は穏やかで和やかな神霊の働き、「あへ」は合う意の已然形、「や」は疑問で、御魂にかなったからだろうか、の意である。結句の連体形「定むる」と係り結びとなる。
三句「豊国の」 豊国は豊前と豊後の古い呼び名である。
四句「鏡の山を」 鏡山は豊前国の山で、現在の福岡県田川郡香春町にある。
結句「宮と定むる」 宮は墓所を宮殿にたとえたもので、永遠の宮とお定めになった、と結んでいる。
にきたま:穏やかで和やかな神霊の働き
みや:墓所を宮殿にたとえたもの
- 作者
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手持女王
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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百伝ふ磐余の池に鳴く鴨を 今日のみ見てや雲隠りなむ
- 次の歌
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豊国の鏡の山の岩戸立て 隠りにけらし待てど来まさず